『西の魔女が死んだ』
梨木香歩、『西の魔女が死んだ』、新潮文庫、平成20年。
この本は、7年前に初版が出ていて100万部なんて大ベストセラーとあったけど、今年には映画化されている。喘息だったり心の問題で、まいは中学に進んでまもなく登校拒否になってしまう。都会からエスケイプした先は、まいのおばあちゃんである西の魔女の家だった。まいは魔女のレッスンをおばあちゃんに伝授される。
ミヒャエル・エンデの『モモ』が時間の国にいってエスケイプした1日が、戻ったところでは1年というように、時間が相対的にできているというのをうまく描いている点で、似ているかなと思った。
まいと魔女の時間は、たった1月しかなかったけど、まいにとっては、それは1年以上もの大きな価値のある時間だったはずだ。この相対化された時間というものを、たった1月の魔女との時間をテーマにしている点でも、この作品はいい。
映画のほうでは時系列に沿ってスタートするのだけど、小説のほうは、書き出しが、「西の魔女が死んだ」ってオチがあって話しが展開していく。
それに、ここで登場するおばあちゃん=魔女の台詞はとてもすばらしいいのだけど、英国人が日本語でしゃべるというせいか、なぜだか、さわやかささえ漂ってくる。魔女はいつも「です・ます調」でおしゃべりをするのです。
おばあちゃん=魔女は、超能力を使えるために基礎トレーニングが大事であり、「超能力というのは精神世界の産物ですから」(66)とはいうのだが、まいの魔女修行ノートの基礎基礎トレーニングの3つフィジカル面で、メンタル面での項目は1つだけとなっている。
1)早寝早起きをすること。
7時には起きて23時には寝るようにする。
2)食事を3食しっかりとること
3)よく運動すること
掃除、洗濯など家事エクセサイズをする!
☆何でも自分で決めて最後までやりとげること。
まいは8時間睡眠をとり、3度の食事を食べる、そして身体を動かす、これって当たり前のことだけど、時間においくられて不規則になりがちな現代人ってなかなかできないよね。それに、こういう当たり前のリズムで生きていくことが健康の基本になって、健康体ではないと魔女の力は使えないっていうシンプルな提示もいいと思う。ただ映画では、シーツを水おけにいれて足で洗うっていうシーンがあって、これは戦争時代じゃあるまい少しオーバー?洗濯機まで排除しているわけ?どこらへんまで徹底しているのかっていうところだけど、テレビ、ラジオなんかはないんだけど、キッチンには小さな冷蔵庫がちゃんとありました。家のリビングもおしゃれでいい。魔女がイギリス出身だけあって、魔女の作る料理は朝ごはんなら、トーストにハーブティーといったもの。パンフには肉じゃがポイントとして出てはいるけど、ここで登場する魔女レシピの基本は英国テイストだ。トーストがかりっと焼けていたり、サンドイッチのレタスを畑でとって、卵も鶏が産んだのを使うなんていう、いまの自給自足という問題ができにくくなった日本の食産業にも、一石を投じている。都市社会が発達して、時間に終われ、出来合いのものを食べ、自然と触れ合うことが皆無になってきた現代人にとって、この映画は、まいの成長の物語に終始するのではなく、都会からのエスケイプとなる心のオアシスになる作品だった。ゆっくり流れていく時間を、この映画から感じとることができるはずだ。
魔女の言葉は、ぼくたちに大事なことを忘れていた何かを思い出させてくれる。魔女の作るキッシュが料理教室での目玉ではあったけど、魔女はひとつひねってユーモアがあるのを出すのだ。目玉焼きではなくキッシュができてくるし、ハーブティーに花を散らすとかそういうちょっとしたひねりだね。この美しいユーモアある食卓は映画でのポイントを上げている![]()
「・・・精神力っていうのは、正しい方向をきちんとキャッチするアンテナをしっかり立てて、身体と心がそれをしっかり受け止めるっていう感じですね」(67)
私の祖母の場合は、自覚した魔女ではありませんでした。最初はね。ですから何の準備もしていなときに、そういうものが突然見えるというのは、祖母には大変つらいことだったのです。よく訓練された魔女にはそういうことはありません。見たいと思うものが見えるし、聴きたいと思うことが聞こえる。物事の流れに沿った正しい願いが光となって実現していく。それは素晴らしい力です(96-98)
「いいですか。これは魔女修行のいちばん大事なレッスンの1つです。魔女は自分の直感を大事にしなければなりません。でも、その直感に取りつかれてはなりません。そうすると、それはもう、激しい思い込み、妄想となって、その人自身を支配してしまうのです。直感は直感として、心のどこかにしまっておきなさい。そのうちそれが真実であるかどうか分かるときがくるでしょう。そして、そういう経験を幾度となくするうちに、本当の直感を受けたときの感じを体得するでしょう。(138)
「おばあちゃんは、人には魂っていうものがあると思っています。人は身体と魂が合わさってできています。魂がどこからやってきたか、おばあちゃんんいもよく分かりません。いろいろな説がありますけれど。ただ身体は生まれてから死ぬまでお付き合いですけれど、魂のほうはもっと長い旅を続けなければなりません。赤ちゃんとして生まれた新品の身体に宿る、ずっと以前から魂はあり、年をとって使い古した身体から離れた後も、まだ魂は旅を続けなければなりません。死ぬ、ということはずっと身体に縛られていた魂が、身体から離れて自由になることだと、おばあちゃんは思っています。きっとどんなにか楽になれてうれしんじゃないかしら」(116-117)
ニシノマジョ カラ ヒガシノマジョ へ
オバアチャン ノ タマシイ、ダッシュツ、ダイセイコウ(190)
映画でも泣いてしまったけど、本でもうるうるきてしまった。まいの育てたキュウリ草は、エンディングに出てくるのだけどキュウリ草って、胡瓜、古い月とかいて胡瓜の胡。久しぶりにいい映画に当たった
ほんとうに大事なことを、そして現代人が都市社会で忘れ去っていたサムシングだったり、しあわせのヒントがこの作品は詰まっています![]()

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