芸術

最後のマンガ展より

最後のマンガ展から1日経過して、夜の8時ジャスト、まちにまった♂さまからの返信メール。狂喜乱舞heart01

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まるくてやわらかい旬のピーチさんへ
先日は「最後のマンガ展」に足をお運びくださいましてありがとうございました。
すべてを描き終えて、「最後」の意味はどうやら、「心の中心にあるもの」で、つまりは「今」ということだと気がつきました。
いつも「最後」を心に置いて生きることが、人を強くし、やさしくするのでしょう。


「☆☆☆☆・・・・・・・未公開」
ピーチさんの心にもあるその場所が、これからもあなたに日々を生きる強さと、やさしさをもたらしてくれますように。

井上雄☆note

【いのうえの】『最後のマンガ展』【三日月・満月】
返信の文章は、おんなじっぽいけど、画がみんなそれぞれちがうのね。全部で何種類あるんだろうと気になっている。♂さまのことだから、だいぶ手持ちの画を用意しているんじゃないかと思う。少なくとも、ぼくの周りでだぶっているのを聞かない。アトムは、ええ?君は鳥じゃなかったのか、へへへみたいなさwなんだよ、それ、みたいなw。いまのところ、ぼくの周りのひとら、みんな画がちがうわけで、要するに、そのひとにみあったものを、♂さまがチョイスしているのかなあ。くじ引き方式なのかわわからないけど、ぼくの3連打に1つの剣できたってことは、ちゃんと読んでくれてるんだよ。しかしπ子にぶどうなんて、うってつけじゃないの、彼女はきょだいでかぱい+ぶどうなんだから。けど、いくらぼくが想像力が豊かだとしても、これがピーチとは違うよね?ぼくがピーチだから、まるい画にしてくれたのか?だけど、いくら、まるくてやわらかくて旬だからっていったて、まるいだけじゃだめなんだよ、サンダーがはいらないとってこと?

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♂さまの余韻は続いている。ぼくは、今を生きないといけない。強く生きるのだ!
Man

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井上♂彦 最後のマンガ展

ディズニーランドより酷い行列だった。普段の自分なら、さっさとあきらめて帰るのだろうけど、どうしても、ここにはいかなくてはいけない理由があった。(それは割愛)

感想からいうと。呆然。あっけにとられちゃうってのかな。この張り詰めた気はなんなんだ。日本の武士道精神に通じるすさまじさがある。彼の画って日本の古典絵画とシンクロしていて、マンガの枠から出てくるいるし、これはすごい芸術になると思う。実を言うと、ここまですごい展示をみたことは、いままで一度もない。

いろんなもんが出てきたよ。五感はフル回転できて、♂さまの真剣勝負だよ、覚悟だね、いま、ここを、この空間をおまえの肌で感じろっていう♂さまの情熱は、言葉に変換できない、枠からはみでちゃうわけだから、つまり、この内容や感じたことをすべて語るのは少しタブーっていうか無理な話になるだろう。それに、これ、ブログに書くかなあ、発酵するまで待つかなあとかってあったが、発酵するの待ってて、見送ってしまうってことが最近の傾向としてあるわけで、だから、少し、めちゃくちゃでも書いてみるかってことになって、(いつものくるくる節だよ)くるくる回転っていうのか、ここで、ぼくは、ずっと鳥肌がたっていたのは、空間マジックっていうのかな。この人、ほんとうに天才だ。最後のマンガっていう覚悟になるのかな。いや、いまを生きるっていう覚悟なんだと思う。この、いま、ここという瞬間は、もう二度と回帰することながないという真実であり、それは、♂さまの芸術家としての情熱だったり、パッションであるのだろうと思う。マンガのストーリーはとても短いものが採用されているのだが、それは♂さまのエッセンスであり、ここに登場した選ばれた画だったり、物語だったり、言葉やメッセージなどが総動員になっていて、ここでは武蔵の切るってのが1つのテーマでもあるのだが、1本切的な、♂さまの燃える情熱がここでは出てくるわけです。何がだよってwつまり、ぼくは、この鳥肌感覚を言葉にうまくできないな。

ただ、これは、最後だってことだ。いま、ここを感じろっていうメッセージであり、それは、♂さまが今を生きろ!という大きなメッセージがあるわけ。それは、ことばではない、しんとした空気だよ。ここの空間にただよう「気」だ。

花が咲いていたり蟻が這っていたり木刀が置かれていたり針が刺さっていたり、最後にはさ、海が出てきた、砂浜が登場するじゃない。ぼくは、ずっと鳥肌が続いていた。あるはずのない色が出てきて、墨の香りがしてきて、そこに出てくる音が出てくる、波の音がしっかり出てきた。目の前の砂浜の画が動いている。ここにある砂は、きれいな海にしかない砂だった、本物を使っている、すごい、透き通った水がみえてる。

宮本武蔵の世界だが、それは、観るものの世界でもあるはずだ。最後、感想メッセージを送るところ、あの画、龍が出てきた。たぶん。彼は、ほんとうに伝えたい大きいメッセージを、若者文化に融合させているわけだ。つまり、それは、すぐ、そこに手に取れる媒体を通じて、大きなメッセージを残している。

******
ことばは海ににている。底に何があるかは深くもぐってみなければわからない。

本当に強い者とは何か。本当に強くなったときわかる。風、木、やわらかくてあたたかい。それが強さだよ。

♂さまに、メールで感想文を送ったheart01頭がくらくらしていたし、まだ鳥肌がたっていた。

松竹梅のリズムが、ぼくの今のリズムだ。この展示は、松ランクだよ。会場に入るまでに、どんだけ待たせるのかなっていう(松)レベルでもこの展示はトップクラスだけど、芸術の評価でも、松・最上の芸術だ。コローと共通項というと、静止しているはずの画が動く、音が出てくるってことだ。

♂さま登場、真剣勝負だ、さあ、これが、剣だ、うけるんだ!
真実はここにある。どう受け取るかは、それはそのものの真実だ!

ここで出てきた3つのシンクロ:禅寺、OpenArms、墨、画、クリスタル、ドラゴンボール、とげ、つながり、井戸、剣、戦い、強、必然、蝶々、海・砂浜・波、絆・・・・

公園を歩いて駅に向かうと、まだ続いていた。♂さまのとこでいた蝶々と同じような本物が登場してきて、ほっぺたにぱたって突撃してきた。それで、ブーンと音がするから空をみると、ぼくのいままさに頭上からそれがスタートして、頭上を半回転して太陽の方向にのびていった。この飛行機雲、もしかして、剣のつもりかな。一本切りだ”それ!thunder
Saigonomanga
Kumo


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コロー 光と追憶の変奏曲

場所:上野:国立西洋美術館 
会期:夏:2008年6月14日~8月31日

 コロー:光と追憶の変奏曲の展示は、フランスのルーブル美術館の所蔵を中心に展示されている。コロー(1796-1875)の初期から晩年までの作品が集められていて、国際的な初の試みとして、印象派からキュビストの画家(モネ、ルノワール、シスレー、ドランピカソなど)の作品などと比較展示されている。

まず、初期の作品とイタリアからスタート。コローは26歳で画家になることを許されているのだが、展示の最初にかかげられたのは、パレットを持つ自画像からだった。自画像から入るのって、画家にとっては、ノーマルな入り方だろうが、コローの自画像にはパレットがある。コローの画家としてのポリシー、それは色だ。<あなた自身の目で本当の色をとらえるのです>78歳で亡くなったコローの画家としての生涯のテーマ、それは、色だった、自分だけの色、自分の目で世界をとらえること。コローの画は、人物画もあるのだが、自然の描写が多く、遠近法の画も登場してくるのだが、自然への尊敬と、自然のなかから出てくる光が描かれている。そして、これは、季節は夏だ。コローは暖かい春や夏の季節には、アトリエをはなれて、各地に旅行にいったり、自然とふれる時期になるのだが、つまり、コローがとらえた世界に冬はない。季節は太陽がまぶしい夏である。灼熱の太陽と、まぶしすぎる光のなかにイタリアがあり、輝く自然がある。そして、噴水があり、庭園がある。たとえば、庭園描写では、あたたかな午後の日差しのなかに、調和をとるために少年を配置したりしているのだが、画面構成のアクセントとして登場してくるのだが、この調和はコローの特徴にも思う。

それから、フランス各地の田園風景とアトリエでの制作が展示されているのだが、コローは自然を愛しながら知性をもっていると言われているのは、やはり、色へのこだわりと、構図の配置に起因するだろう。たとえば、木の枝だったり、やわらかいタッチだったり(モネと描き方は似ているかもしれない)コローは人物画を多く描いているのだが、それらは、金銭にために書かれたものはひとつもないという。そして、彼は生涯を独身だ。そして、彼の行動リズムは、春夏が制作のための活動とするなら、秋冬は、春夏での収穫をキャンパスにおさめる仕事になる。つまり、対象は、春、夏で、春というより、やはり夏だ。水汲みの井戸の女性の画をみて、これ、伝統的な画だったじゃない。それから、遠近法のやり方で、「ドゥエの鐘楼」の画ではシスレーと比較されていたりもするのだが、コローが19世紀の画家達の先駆者的な存在であったことが、うかがいしれる。ただ、この展示が世界初の試みとあるように、コローは、19世紀画家のなかでも、そこまで知名度が高いわけでもないんだよね。

この展示のサブタイトル、光と追憶の変奏曲・・・これ、つまり夏の光は、キャンパスに描かれるときは、季節は冬になっていて、つまりコローの画は追憶として(自然)書かれていることが多く、それから、変奏曲・・・これは遠近法と関係しているのだが、1本の木がまっすぐだとしよう。それが風のなかでそよいでいる姿を演出するなら、どうするのか。傾けて、かすみをいれて、色を動かす。つまり、1枚の静止している画が動いていて、音楽が出てくるような、そういう画であるってこいうことだ。動いている、つまり、これ、音楽的リズムが自然と調和している。

5章のミューズのところで、マンドリンをもった夢想的な少女が出てくるんだけど、たとえば、その画をみていると、マンドリンの音色が聞こえてくる。彼は、人物を描写するときも、モデルを静止させないで自由行動をさせるらしい。そして、モデルたちに動いてくれないと困るんだ、命を表現するのだからと答えたという。彼は、晩年に、2つのことをいつも口にしていたという。

もう少し書かないといけない。
周りのひとたちを幸せにしてあげたい。

彼の絵には、芸術家としての基本的なポリシーがある。それと、真珠の女に(看板)真珠がないじゃない。それでいいんだよ。たとえばミレーの晩鐘だって、鐘がないじゃない。つまり、彼は、ただ画を描いただけでなく、その命とこころを描いているわけで、(モナリザ同様、彼はこのミューズの画を生涯はなさなかったというんだが)もしかすると、コローのインスピレーションは、この女性のなかに集約できるってことなのかもしれない。光の追憶と変奏曲とあるように、彼の作品は自然描写があってこそだし、アクセントとして登場してくる人物たちなりは、画を音楽でとらえ、たとえば、画を四重奏とするなら、すべてがあってその音が演出されるというように計算されているようにも思う。

また、画家にしろ、何にしろ、芸術家としていちばん大事なのはインスピレーションだという。そして、そのインスピレーションを与えるのは、ミューズの役割だったり、自然の役割だったりするのだろうが、彼は、それを何気ない風景のなかで得ているのがわかる。

コローは、自身の作品について、こう述べている。まず、自然のなかにフォルムを探す。(フレームになるところ)そのあとに色彩のニュアンスを、そして、すべてを、心を動かされた最初の感覚(直感=インスピレーション)にゆだねるのです。現実は芸術の一部にすぎず、感情こそが芸術を完全にする。

彼の画にはもやがたちこめているものがあって、彼は、そのもやのなかに画をみるひとたちを案内するとき、しばし、忍耐が必要だとのべているが、僕自身は、それは一切、気にならなかった。叙情的な音楽的リズムの最高峰とされた絵は「モルトフォンテーヌの思い出」という画になるようだけど、コローは画をかくときに、カゲから書いて、最後に光を出している。そして、やはり、彼の描く光の力は強いが、その光だったり、画からうける音楽的なリズムなりは、受け手の判断にゆだねられる。

ぼくのここ最近のテーマは、やっぱり、ココシャネルのところからつながっているんだけど、闇から光が浮き上がってくるその瞬間を芸術としよう、静寂から音楽が聞こえ、闇から、1つのロゴが浮かび上がるように・・・コローは、もやがかかった作品があるにもかかわらず、まったくそれが気にならく入っていけたのは、もやはあんまり気にならなかったってことになると思う。彼の画は伝統や古典を重んじながら、時代への先駆者となっていたことがわかった。美術史上の存在と大きさに、コローの革新性は知られていないように思う。

いい展示だった。この夏、ずっとやっているらしいけど、もう1回、観にいってもいいかなと思う。お土産を物色。
マキシム・ド・パリのお菓子、フィナンシェとモンブランがあった。マロンペーストを買ったので、自分でフィナンシェを作ってみようと思った。フィナンシェって金融家=金ののべ棒ともいわれていてお金持ちが食べるお菓子でフランスでは有名なんだけど、それ、にんじんとかぼちゃ味だってw自然の恵みでとれたにんじんとかぼちゃだって、宣伝しまくってたけど、どうかな。栗のもんぶらんのおかしは、大きな栗が上にどんとのっている。もんぶらんって、実はあんまり好きじゃないけど、その栗は、やはり自然の恵み。宣伝のしかたがどうかなw画と気に入ったはがきを買った。カタログは買わない方針にしているんだけど(自分のなかで決めている)マキシムドパリは買っておけばよかったな。買って後悔することってないんだけど、買いそびれて後悔することって結構ある。また行くしかないwここの美術館は、自分のなかでベスト1かな。ポンピドーも嫌いじゃないけど、ここの場所と相性がいいんだと思う。いろんな自分なりの思い出、追憶がつまっている場所だからかなwぼくは、チケットだけあれば、お金がまったくなくても美術館で1日過ごすことができると思う。癒しの空間だよ。ビーナスのときは、それでもソファに座って居眠りまでしたが、慣れてないとこだとそれは無理でしょ、また、ここに、こようと思う。

さあ、つぎは、ばかぼん!π子との約束は破ってしまった。友人より芸術が勝利してしまうってwwwばかぼん万歳!ここはスムーズだったけど、ばかぼんは、ディズニーより凄いw
C


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ヴィーナス

ヴィーナスを寝室に飾っているのだけど
逆さからみると、奇妙な見え方をするtyphoon
もしかすると、そういうふうに見えるようになっているのかtyphoon

全体から、逆さまから、サイドから、
絵画というのはいろんな見え方があっていいんだろうけど
この見え方は、ちょっとコワイかもしれません 寝室だしねvirgo

ヴィーナスのVのなかに「6」完全数が入っているねshine
それから、イタリアの国旗の色がシンボリックに使われているね。

要するに、その闇黒の世界と違うゾーンから違うのがみえるんだ
ということで、寝そべってそれを見る格好になると正直コワイです。
僕ちゃんだけかなあ ぷるぷるtyphoon
V

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ダーウィン展

ダーウィンとサーフィンとダーリン
あれ、ゴロがいっしょだよ!僕は、ダーウィンに呼ばれた。

おまえが一人で来なさい!必ず来なさい!彼が夢でそう言ったのです。発作が起きてくるだろうのを承知で、つまり、彼のいうとおりに行動をした。ダーウィンに直接つまりさ・・・呼ばれたわけだから。OK!

ダーウィンの進化論か創世記か・・・19世紀以前はすべての世界は神が創造したと言われていて、人間がサルと同じ骨格でサルから進化したなどという人間の進化について説明できるものはだれもいなかった。ダーウィン以前は生き物の外のみをみていて(リンネ)ダーウィンが着目したのは、骨である。つまり、外側から中に意識がいっているということだ。ダーウィンは10歳で母を亡くしているのだけど、たぶん、ダーウィンが神への信仰心がなくなったのは、ここがネックになるんじゃないかな。人は何か衝撃的なことがあると、神への信仰心なんて失ってしまうのだから。(反対にすがるひともいるんだろうけど)

さてさて、ダーウィンの5年間のビーグル号での旅は、いかに進行したのか。ダーウィンは南西へと羅針盤をぐんぐんすすめていっています。(戦は南西ってことかな。僕も南西)そして、驚くことに、ダーウィンが最初に足を着けた血が、ブラジルの熱帯雨林である。(アポカリプトの地!=僕と一緒だよ=リオってのはリオデジャネイロ、僕の名前=戦いの名前でしるし=ダーウィンとビンゴ)南西からくるっと戻って、そして5年の旅をおえて戻ったところはイギリス。

そして、彼は、結婚をして、そのあと、旅でのノートをまとめる作業に入る。生き物との出会い、進化の証拠、生命のナゾをといてく。亀の甲羅の特徴、珊瑚礁の特徴、太陽を求めて生きていく生命の神秘。珊瑚礁は水の澄んだ青い海でしか生息できない。そして藻が必要なのだけど、藻は光合成、太陽がないと生息することができない。ゆえに珊瑚は太陽を求めて生きている・・・こういった生命の特徴なりダーウィンがつけていた旅のノート(5年)細かく分析していくわけで、彼はロンドンでそれを開始。29歳でエマと結婚する。ダーウィンは結婚するのにも、損得のバランスを計算したらしいんだけど、細かいね、でも、エマのほほえみが勝利したというふうにあった。

I THINK・・・
彼は、ひらめき手帳をつけていた。それはシークレット、クローズドノート。5年分だから、とんでもない量になっているだろう。僕は3カ月もなしに3冊だとして、そこには厖大なメモが書かれているのだけど、ダーウィンは5年で、しかも世界一周・・・

ダーウィンの沈黙
彼は秘密のアイデア、ひらめきに対して、沈黙を貫いた。僕は、まあ、完全な沈黙はしていないけど、それでも、沈黙している部分は、ここでは、やっぱり多い。なぜ、沈黙しなくてはいけないのか・・・・時期尚早で、それは、決定的なつめができていないからと紹介がされていた。理論になっていない。つめがない、証拠が少ない。自分が説得できていないとあった。にしても・・・WHY???20年???それは、腐ってしまわない?そんなに長いこと・・・えっと、どうして、そんなに20年も????20年もひたかくして、それを温め続けてきたダーウィン。自分自身を納得させるのに20年?えっと・・・で

これを秘密にしていたのは、「進化論を世に出すことは、殺人を告白するようなものである」と・・・要するにこれって無神論者を告白するってことと同一?僕はそう思わないんだけど・・・でも常識をくつがえすわけだから、そうなるの?ただ、最終駅をみれば、わかるのだけど、ダーウィンは、違うベクトルから生命の神秘にせまった最初の人。ベクトルが違うんだよ、つまり、ダーウィンは、神がいないところから、闇から突き進んでいるということ。でも、結局、おちるんだよ。

ダーウィンはダウンハウスで論文を書いたらしいんだけど(ここからはロンドンから移動方位は東南=方位に注目)持病に悩まされていたのと、10歳の娘をなくしてしまっている。10歳でつながったね!ダーウィンは10歳で母を亡くし、自分の娘は10歳でなくなっている。○。あれ、○。遺伝説を打ち立てているダーウィンは、自分の病弱が子供に遺伝したのではないかと思い悩んだらしい。ダーウィンは青年時代に(恐らく母をなくしたとき10歳)信仰心はさっぱりなくしているから、かわいそうな娘といって一生嘆き続けたらしいんだけど、一方、妻のエマは信仰心があったらしく、娘は天国に旅立ったと言ったらしいよ。

ダーウィンのトラウマが語られ、そのあと、ダーウィンの書斎なりがあって、・・・次のブースで、フリーズ、だって次はラン(植物)にいっているんだもん。あれ、そうくるかなあwww動物から植物って・・・えっと。ダーウィンが熱中したのは6枚の(完全)花びらをもったランだった。だいぶ、これに心中したってあったけど、これ、あれ、だって、6を支持して、7、宇宙をみている。だって、これって!つまり、6と7のどっちかを支持ってそういう問題じゃないってことでしょ!しかも、そのやりかたったら、ちょっとクレイジー。やばいでしょこれ。あはは。これ紙一重の世界だよ。ダーウィンがもしもクレイジーで名もない人なら、あれはクレイジーなお馬鹿さんだよ、ただの馬鹿とかって言われるかも知れない。そういうやり方wwwもちろん、この僕でさえ、鼻で笑ってしまったwwwというかwwwこら!

1859年、11.24 アットラスト!ついに『種の起源』が世に出る。このころ、ダーウィンには10人の子供がいて子ぼんのうだったんだって!ダーウィンは優勢遺伝子は種を多く残すっていっているけど、ダーウィン、ウィナー!!!それにしても、10人か・・・

ダーウィンと日本では、石川千代松と、森林太郎がでてきていた。あれ、森林太郎ってね、森鴎外だよ!森鴎外って森羅万象って、あれだよ、ってことは・・・つながってんじゃん!やっぱり、これ、ベクトルの問題。

ダーウィンのいう「自然選択説」は、DNA解析だとか、どこらまで進んでいるか、今も、もちろんサイエンスの部分でひっかかってきているわけで、こうやって現代にとっかかるおおきな礎を彼はやっているといことである。

*****
僕なりの解釈としては、宗教と進化論って対立するものではないということ。これって、要するにベクトルが違うだけで、到達しているところは、最終駅着陸駅は同じことだと思う。すべては一体である、ただ、その矛先なり理論のしかたが違うんだよ。

あれ、ココシャネルのやったこと、そして、僕がこの厄年の闇のときに自分でやってきたこと、闇からはい上がった結論、これらと、全部一致する。ベクトルだけが違う、でも、それは、最終的には同じなんだよ。だから、神がいるとかいないとか、無神論者だって、そうやって、宗教家たちがやっきになってエキサイトするのは、少し違うということだよ。

僕は、植物の部分をみていて、ダーウィンは最終的に、無神論をとなえるために、『進化論』を出したんじゃないってことくらいは、すぐにわかった。僕が、地球の底に降りていって10カ月と10日、闇のなかでやったスタンスと同じ、つまり、これは、最後にあのマークになるけど、闇がなければ、光が浮き上がってこないってやつだよ。CHANELが僕がにいったんだけど(夢でね)ダーウィンのベクトルも、そして、CHANELのベクトルも、僕がこうやってはい上がってきたやりかたも、全部同じ。僕たちは三位一体。

発光するに20年。それって長すぎる!でも、そのくらいの時期が必要なんだということ。それだし、ダーウィンは、最後にお尻に火がついて爆発して出ていくまでじっとしていた!

ああ、ダーウィン、天才のあなたですら、理論にするのに、自分の体験を人に説明するときに、そんなに長い時間がかかっていたなんて・・・ぼくは、つまり、このはちゃめちゃな体験をつまりシークレットゾーンが、理解されないのなんて当然じゃない!

やっぱり、ダーウィンは僕にひとりできてもらいたかったんだ!ダーウィン、僕は、あなたのことをほんとうにきちんと理解しているし、僕は、あなたを支持している。光りだけをみつめる宗教家たちより、あなたのほうがずっとすごい。僕のベクトルもこういう方向でここまできたんだもの。

おみやげやさんで、小物とチョコレートを購入。本だとかパンフはあえてかわなかった。僕はもう十分に彼の到達したかった、その理解なりが自分でできているから。ただ、パンフを立ち読みしていると、恐竜が鳥になったのは肺が進化したから!みたいな文字が入ってきて・・・もちろん、後退り・・・えっと・・・つまりそれは???ダーウィンはどんな反論にだって、きちっと答えられるように、理論武装しちゃって、なんだか、それさ、いいよ、OK僕はそれを受け入れるよ。つまり、それ、僕は、ダーウィンが20年かけてかちかちにかためたその理論のほうより、結論はOK。受け入れよう。うん、でも、こんな僕でも、一瞬ええ???みたいなwww

ああ、そうです。僕は、恐竜のつまり龍にのって、つまり海から空へと・・・そして、どうやら、僕は龍だとまずいから、鳥になるために、僕の身体に羽がつくんですね。龍から鳥になるためには、肺が進化しなくては鳥になれません。(ここの解読は秘密の手帳でだいぶすんでいて核心にせまっている、もちろんシークレットだからそれは莫大(ばくだい)な秘密があるのだが公開まではできないのだけど)ですから、僕はこうやっていま、とても呼吸がくるしい、そうでしょうか・・・こんなこと真顔で誰かにいったら(医者だって頭おかしいな、こいつと思うだろうし僕は言わないよ、そういうことが本当だとしてもさw)、で、そんなこと言ってみようなら、おまえ、あたまがクレイジーだって言われるのはわかっている。しかし、こういうことを言ってもダーウィンならわかってくれる!僕は、それだもん!僕は進化の過程で、僕の新しい進化へのために、僕はつまり、肺がおかしくて、発作がでているのかもしれない。わんちゃんに僕の身体はつかえなくてしょうがないって泣きながら話たときも、わんちゃんは肺がおかしいんじゃないかというふうに僕になげかけてきたけど、・・・肺・・・鳥になるためには進化しなくてはいけない。ダーウィンがそういっているんだからwww

そうやって、ぼくは、おめでたい解釈をして、ダーウィン展をあとにした。もちろん、太陽がでない日は、こうなるだろうという予測どおり、僕は発作に苦しみながら、1日を過ごした。つまり、また呼吸がやっぱりおかしい。

闇から光りを見つめる手法。闇からしか光は浮き出せない。

僕はシークレットゾーンについては、あまり考えないことにしました。それにしても、20年・・・・大風呂敷なだけあって、それくらいはかかっているってことだとしても・・・ロングロングロング・・・僕には、そんな忍耐力はないや。ダーウィン先生、僕は、亀の薬をいただきます。

僕が、戦でともにした、動物たちは、夢のなかで出てきたのもふくめて、そこにはいっせいにせいぞろいした。六角形の甲良のかめ、とりも、さるも、犬も・・・鳥・・・鳥って悪魔だってギリシャ神話では言われているんだけど、ダーウィンにとっては、鳥は進化のシンボル、龍から鳥なんて・・・それが肺が進化しただなんて、それを理論でやっちゃうなんて・・・すごすぎるよ・・・ぶっとびすぎているけど、それを説明できる・・・でも20年は長すぎる。

ああ、敬愛なるダーウィン先生!

ダーウィン展
2008年3月18日(火)~6月22日(日) 
国立科学博物展示 東京上野公園

展示:6部構成
1)ダーウィン以前の世界
2)ダーウィン誕生とその時代
3)ビーグル号公開
4)ロンドン
5)ダウン
6)サイエンス

 えっとね、つまりこれだよ、6(完全なる世界) VS ドラゴン7(7つの宇宙=神が支配する世界)
 ダーウィンは、6、完全なる世界のほうから、つまりドラゴンボールを追うのではなく(宗教とか神とかうんぬんの世界とか、惑星とか7つの惑星をうんぬんの世界)6、ちょっと不吉だけど、こっちから森羅万象について、生命についてみていこうってことを、つまりいままでみんながやってきた正法ではなく、ベクトルが逆のところから、理論でもって、やちゃったってことだよ。うん、6。そして、渦の中に6という文字がある。僕ももちろん、渦のなかでぐるぐるしている。ほら、みてみ、渦をみて、6がはいってるよ、ろととかも渦のなかに6があったし、あれも、そのヴィーナスも!typhoonほら、くるくる、逆から文字を読むと、6という文字が出てくる。こっちから行くわけね。
D

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生誕100年 東山魁夷展

生誕100年 東山魁夷展 Kaii Higashiyama
東京国立近代美術館
2008年3月29日(土)~5月18日(日)


東山魁夷(1908)の生誕100年を記念する展覧会。○がふたつ。○○。東山・・・鬼・・・これいやだ!この固有名詞。本名は東山新吉、名前は東山浩介・・・いつから彼が東山魁夷と名乗るようになったのか・・・(恐らく金之助が漱石になったように)画家としての名前、職業的なことに付随してくるから職業名?しかし、彼には3つ名前があるな。うん、自分的には、これは普通なんだけど、どうでしょう?僕はこれを分裂と呼ばず、名前の三位一体と呼びたい。僕はわかるよ、これ。それに東山鬼・・・僕ちゃんのキーワードだもの。
 何がビンゴだって(?)まずこの展示は1~7章までの(SEVEN)ドラゴンボール構成(7つの惑星)になっていて、最後に番外編として畳の部屋の襖絵、合計8でフィナーレという構成になっている。僕は気分によって音声ガイドを聴くときとそうでないときがあるけど、今回は東山の生声ってのもあったし、呼ばれちゃったんで聴きました。100年も前の人とは思えないよ、僕は彼と出会った、死者ではなく(幽霊でもドーナツの空洞の人物でもなく)1人の人間として、きちんと出会った。

横山大観以来なのだけど、僕は大観のとき、あまりにも具合が悪すぎて闇上がっていたんだけど、やっぱり元気になってきたんだ!あのときトイレに駈けこんで薬を飲んだりきつかったのを思い出す(六本木)僕は絵を見ると、すぐに、そのときの自分が思い出せる。音楽といっしょで、僕は絵に時代をすり込んでしまうのである、そのときどうだったかとか・・・だからダリをみると、そのときを思い出す、ちょうどそのころダリは仕事でも関係していたけど、僕はその絵に入っていったから・・・おっとずれた!で、こういう展示を観に行くときは、絵のパワーに吸い込まれるというか、合わせてみる、もしくは、自分のところから入っていく、いま、その絵と僕は違うところにいるのだけど、観ることで入っていく、そういうスタンスの取り方をしているのだが、今回はまるっきり違った。入っていくのではなく、呼び込まれたといっていい。テンションがまったく同じなんだもの。こういう展示の観賞の仕方は、自分にとっては前代未聞・・・そのドラゴンボールの展開が、ちょっと怖くもあり、おお!きゃあ、きゃあ、わあ!そうきたか・・・みたいな。全部つながっている。3月4月の自分の開運時期にみた現実世界での出来事なり夢(夜見る無意識の領域)だったり、経験とシンクロしていたっていうのかな、開眼して観るってこれかもしれない。横山大観の流々流転の絵巻物だったりは、やはり、かなりヒットだったのだけど、絵に無理に合わせるというやり方で入っていくのではなく、呼ばれて入っていたというか、運命的な出会いっていうのかな、それだった。つまり、これは、僕ちゃんにとって、井戸の脱出から生六角形の作成への大きな杭になったということである。僕のパズルと出来事とすべてつながっているってこと。どこのドラゴンボールなのか、自分なりに印象に残ったものをかいつまんで分類して書いてみる。もちろん全部の作品にコメントを入れたいのもやまやまなんだけど、そのなかでいくつか。


第1章 土星
 「山国の秋」、「残照」、生きているということは無情と流転であり死のみが普遍である。山と木と私が一体となっている。大地がしっかり描かれている、土星の力。
 
第2章 金星
 「秋風行画巻」には目に見えない風が存在しているということを絵に描いている。道は、この展覧の目玉として登場しているが(ポスター)過去から未来へ、絶望と希望を織りまぜられた一本の道が描かれている。「青響」英語でグリーンエコー。青なのにグリーンって訳されていたよ。青と緑ってなんだろうね。目に見えないのに1本の滝を描いている。ああ、見えるよ、僕にも見える、わかる!滝が上から垂直に落ちてきているんだけど、それは実際に存在していないのに絵には描かれている。この滝はドラゴンボールの龍だよ、これこれ!

第3章 太陽の力
 第3章はヨーロッパの風景が描かれていて、今までのテイストとは少し変わる。彼はありのままを描かない。真実がそうであってもメッセージには光をいれる。太陽の力だよ、これ。寒さのなかにもあたたかさを、暗さのなかにも明るさを、過酷な条件のなかでも生の輝きを書いている、これを太陽の力といわず、なんというのでしょう!「映象」では神秘の世界をかいていて、シャドーをきちっと絵に入れこんでいる。ほんとうはもっとぼんやりしているはずなのに、そこまできっちり描くと、それは神秘になるな。白夜光はフィンランドの風景。夜がなく太陽が地平線にとまったまま白々したところを書いている。太陽が落ちない、ずっと・・・太陽は沈まない、太陽はずっとある。「冬華」これ満月と思って勘違いしてたんだけど、違ってね太陽なんだって!それでシルバーを基調にしていて(グレーといってもいいかな)ピンク色だとか明るいいろがちょんちょん後ろにのっていてこの淡いテイストでこれを描いているのはすごい。霧の中にある太陽ってのは、シルバーに輝いているんだ。ウィンターフラワーだな。しかも、これ、よくみると(やばい)まったく、これ僕はもう見ていたしこれは僕のピースだよ。太陽の力だね。「緑響く」ああ、やばい。緑、縁。これ、ちょっと・・・。白馬とは実際に存在しているのではなくて「心の祈り」を象徴しているらしい。白馬はピアノの主題で、オーケストラーが青緑の森。モーツアルトの第2章の音楽だってさ。この青緑の森は、僕は、前日に見ていた。ああ、これ・・・僕は呼ばれている、この絵がわかる、そしてその青緑の森になぜ行かなければならなかったのかも、わかっていたけど、彼はそれをちゃんと絵に描いている。ビンゴ。でもこれは太陽の力なんだ、しかもまたもや彼はシャドーの中に、投影としてもう1つ同じものをきっちりと描いている。シャドーがシャドーではなくそれは現実にあるものだと思っていれこんでいる。どうしてよって現実世界しかみれないひとは思うだろう。今の僕はそれがわかるよ、それがドーナツの空洞なんか形あるものなのか、そういう区別なんかなくなちゃって、そうなってしまうと神秘の世界になってくるな。そしてこの絵がでてくると、季節はもはや冬ではなく春になっている。うーん、そうきたか。春だよ、春。

第4章 月の力
 「花明り」満月と花の出会い、一期一会を描いている。これよくみてよ、いやだ、僕にはみえる、しかけてんのかな、それで、ここには書かないが帰り道で、それが出てきたよ!ムーンライトに僕はさんざんやられっぱなしだから、もうこれはまちがいない。あははwww花は月を見上げている、月は花をみている。花と満月の出会い。でもまさか、この絵がトータルであんな見え方をするとは、僕もほんとうにびっくりしている。そのひらめきなり僕なりの見え方はここには書かないでおく。書いたら面白いんだろうけど、あいついっちゃっててどうしょうもないやと思われたらいやだからさwwwもちろん、ちょっとここらの僕はいっちゃっているんだけどもねwww

第5章 水の力
 霧と雪がでてきた。「霧の町」にある窓は、過去と未来を距てていて、人の心の通い路の象徴として描かれているらしい。そういった過去、未来、人のこころという境界を描いた次ぎにでてきたのが教会。境界から教会???いやだ!ちょっと・・・www
 
第6章 木星の力
 モノクローム、青の世界と墨の世界、青の中に1本の滝。また滝だよ、さんずいに竜とかいて滝。実際に滝はないのだが、絵には描かれているとのこと。滝って目に見えなくても存在している。水も竜も現実世界にはない。でも、彼は描いている。そしてその滝は頭上から一直線に下へ落下している。霧と滝と雲が、山や森林、木々のなかでクローズアップされる。木星の力がそうさせている。木がなければ森林がなければ山がなければ、緑がなければ、海や青がなければ、滝は存在しない。さんずいに竜とかいて滝。それは目には見えないけど、存在している、そして竜も目に見えない。

第7章 火星の力
 終わりなき旅、人間が生かされているということ、心の中の旅が絵に描かれている。「白い朝」、白い雪のなかに1羽の雉子鳩え描かれている。そう、この絵をみたあと、僕は1羽の雉子鳩(龍さん)と出会った。僕は勝手気ままに動いていてあまり計算をして動いていないけど彼女にはばったりとビンゴで会えた。運命ってこれだと思う。僕は火星の力で、ドラゴンボールが7つそろったとで今までと違う地平線に到達する。雉子鳩と未来。長い間の1つの仕事を終えたという節目を現しているのだが、この1羽の雉子鳩は新しい出発を描いている。僕は龍さんと出会って、やっぱり自分の身体に羽がくっつくんだ、飛べる、未来に。

ドラゴンボールカテゴリーは僕が勝手に書いただけだから、おまえ、ちがうやんっていうのがあるかもしれませんがwww

番外編 畳の臭いが新鮮だった。海があり、山があり、水の流れがあった。展示はそこで終わっていた。

龍にたけかんむりをつけて、籠。龍にさんずいをつけて、龍。ぼくは、どうやら、どこかに籠もっていたらしいけど、この3月4月、たしかに滝が出てきて(高島先生の予言通り)そして7つのボールを集めたみたいで、龍が登場した。

僕は、その日、龍の乗物に乗った夢をみた。大きな波が頭のてっぺんよりも上にきているのに、僕は龍のカプセルのなかにいたから、呼吸が普通にできた。(龍の薬がきいたんだと思う、だいぶ苦しいのをこした。峠をこす。山に上と下とかいて峠。僕は峠をこした)サーフィンの波って大きいのは3つ連続してくるの。8つ小さいのがきて3つ大きいのがくる。僕の20代のころの彼氏がユウジといったけど、彼が僕にサーフィンを教えてくれて海を教えてくれて波乗りを教えてくれた。僕はももたろさんであったけど波乗りができるようになったのはユウジが教えてくれたからなんだけど、・・・僕はユウジと別れたと同時に波乗りをやめたw僕ちゃんはわかりやすいや。どっちにしてもユウジは戦友みたいなもんだったな。僕は彼氏ができても、その人を動物扱いしたり、つまりあんまり女の子チックでないっていうか。ユウジはサーフィンなんかしないかわいい細い子と結婚して子供をつくっていまたぶん、元気にパパをしていると思う。僕は恋人だった人とは友達になれないからユウジのその後をしらないwでも、まあまた街でユウジをみかけたら、おお!元気くらいは言ってもいいかな。僕は過去を消化しちゃっているから。僕にとってユウジはサルだな。動物の申で去る。春分の日に10年ぶりにある人に道であった。僕はその人に会いたいと思っていたわけではないし、それは偶然だった、僕が過去に分かれをしっかり告げるための別れのしるしとしてあらわれたのだか、僕は彼女と大きな四角い箱のなかで出会ったから彼女とは口を聴かないはずだったけど、僕たちはすごく久しぶりに10年ぶりに出会った。過去と現在と未来。高島先生は宇宙が動くときを教えてくれて、僕は信じていなかったし、どっちかっていうと結論ありきで動いているから(例えば僕はとげぬき地蔵を信じているけど、それはとげを抜いてくれたから信じているだけで、信じたから願いがかなったというのとは違う)その日、わんちゃんは大好きなジェロと写真をとって僕におくってくれたけど、不思議だねとお互いにあのとき連絡し合った。僕は喘息だったり、薬だったり、夜見るよくわからない夢だったり、身の回りのことだったり、さんざんな3月4月だったけど、やっぱり大きく何かが動いていて、僕は、点と点を結んで、それを井戸の形にしてみたけど、そのあと、それは6つの面になって、点が線になり六角形の立方体だったのかとも思っている。3月の終わりあたりは、これは違う、流れは出てこないだろうと思っていたけど、どうやら水があった海とつながっていて、それは、たぶん、つながっている、僕がこの3月4月のいろいろなことと。でも、僕は、そんなビックウェンズデイ、4月最後の水曜日、僕は水のなかの夢をみていた。無意識の領域に支配される夢とは、じゃあ何なのか、彼の作品にその答えがあった。それが何を意味しているのか。そして、それは何が動かしているのか。ああ、僕の予想はすべて神経衰弱のようにたしかめられた。ぼくはみえてしまう、でも、それはきつい。だから、ビックウェイブの中に入っていくほど勇ましさがない。僕はただ、じっと、その大きな波を龍のカプセルのなかに入ってその大きな波をみていた。あれ僕ちゃんの背中にはカメのこうらがついている。そろってる、6角形になっている。このまま泳ぐのは無理だよ、いつか、このカプセルが水際に到着するまで僕はじっとしている気がする。僕ができるのは龍のカプセルのなかで少し動くことくらいかな。龍のお腹はおもったよりも大きくて、春分の日にあった彼女ものっけていた。彼女はとんでもないことをカプセルのなかからやらかした。出て行きなさい、海のなかに波にのっていきなさいってサーフィンの板をなげつけたんだよ、もう僕は震えていたよ、そんなこと僕にシネというのか。何度ぼくは死ねばいいのだろう、もう無理。僕はその彼女をしかとして、ただじっとしていたよ、その流れだけみて、波だけみて、ビックウェンズデイのビックウィブをただじっとみて。そして、僕はサンザンに悩まされていた喘息を克服しようとしている。闇上がっちゃってるから、どうなるかわからないけど、僕は少し快復してきている、また再び・・・でも夏目わんわんドクターに言われたとおり、また再発しないように僕はしばらくじっとしていなくちゃいけないのかもしれません。医者には無理すんなよって言われているし僕はやっぱり無理ができない身体です。龍のお薬をきちんとのんでおとなしくしています。僕にはまだ羽がないから飛ぶことはできない。でも僕はとりあえず、ここまできた。 

また、もう1回、観に行ってもいいかなと思う。僕には、こういう芸術は、やっぱりなくてはならない。精神的な薬として。

僕が購入したポスターは全部で13枚wwwピンポイントで記念に購入。いろいろ・・・全部ほしかったけど13枚にした。復活。6+ドラゴンボール7=13。リュー・ドゥ・ピーチ。僕の道はどうなるのか。あれ、この絵、「道」の絵をじっくりみてみて。滝みたいじゃない。この道は上向きになっているんだけど(歩くには少し体力がいるな)よくみると、これ滝じゃないの!滝だよ、竜・・・でもピーチじゃ上から転がすのはよくても登っていくには、羽がないといけないな。それじゃ羽がつくまでおとなしくするしかないかvirgo僕は6年間あることをきちんと貫徹したし、それにほんとうの多くの人に恵まれてきたのと、やっぱり、もう死ぬまでやってきちゃったってのと、あとは、この厄年最後のフィナーレとして、枯れた井戸で10か月10日頑張ってきたから何でもやろうと思えば出来るんだという自信なりはあるし、何かにしがみつくなんてことはないし、流れていくものを受け止める力はできているのだけど、その動きが、なんとなくドラゴンボールがまた動く気がするから、いまは、おとなしくしています。それだし、なんとなくですが、僕はまだ大事なピースを全部集めていない気がしている。まだ死角があるのかもしれない。まだひろいきっていない気がしていて、とりあえず、この道が上向きなのを意識しながらいけたらいいかなと思っています。
MitiTouka

HanaGr
ビックポスターは2枚。自分の部屋に飾っているもの。《花明り》1968年。《緑響く》1982年



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ウルビーノのヴィーナス

ウルビーノのヴィーナス

上野まで見に行ってきちゃったvirgo
女神たちに会い春の訪れを挨拶しにいったのですheart02
キューピッドの羽は肩甲骨より上から生えているのねshine

ここ、ムンク展以来なんだけど
ヴィーナスの絵画は基本的にムンクの反対の世界。
神話の世界はルネッサンスで復活しているのだけど
ヴィーナスたちのエピソードはいろいろあるんだろうが
基本的に、世界は善意に満ちているというような
メッセージがこもっているように思いますvirgo
ムンクが冬ならヴィーナスは春だねhappy01
ムンクにはムンクのよさがあるけど
季節的なものを考えて展示をしているんだろうね。
ヴィーナスを冬にやったら、ちょっと違うもんね。
ムンクはたしか、冬とか秋の中間に展示をしていたと思う(?)
部屋のポスターをヴィーナスに変えてもいいころなhappy02
そろそろきちんと鳩が出てきたっておかしくないじゃない。

木のところに春の小鳥たちが沢山集まって
小鳥たちも春をハミングしてちゅんちゅん泣いている。

春の日ざしが強いもんで噴水を観に行くか悩んだのと
他の展示もみたかったけど、ヴィーナスの余韻にひたっていたくて
展示からでたあとは、小鳥たちをしばらくながめて帰宅しましたheart04

UrumegamiHaru


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デミ・ムーア

Demi
お気に入りの女優を1人あげろといわれたら、
デミ・ムーアと答えている時期があった・・・・
その後、時代が変わり、自分自身のシュチュエーションが
変更してしまったり、映画の影響もあるのだろうが、
お気に入りは、時にはニコール・キッドマンだったり、
ジュリア・ロバーツだったり、ころころ変わっている。

デミの好きなところは、声がすごく低いところ。
1990年に『ゴースト/ニューヨークの幻』という作品が
お気に入りで、そのせいで、デミファンになったのかな。
でも、デミのいちばん好きなところは、はちきれんばかりの
でっかいおっぱいでも、突き出したおなかでもなくって、
声なんだよね、あんな、低い声を出す美人はデミぐらいだよ。
アルトボイスなんて違う、女なのに、バルトの声を出す女。

デミ・ムーアの妊娠ヌード写真は、やはり、すごい。
この写真はアメリカで人気のファッション紙
VANITY FAIR 1991年8月号の表紙として掲載され
さまざまな論争を巻き起こす社会現象になったものらしい。

1位がジョン&ヨーコ
2位がデミの妊娠写真
 自分のなかでではなく、マガジンの世界でらしい。

 商業性と作品が比例しているって、少し皮肉で、
ゴッホが生きていた時代と比べると、この即効性が
いかにもハリウッドっぽくて、尻軽感があるのですが、
まあこれはこれでいいのでしょう。

 デミの妊娠全裸写真も衝撃ですが、ジョン&ヨーコより
少しだけ評価指数は低いのかなあ。

 それにしても、アニー・リーボヴィッツとは@@@@@
 ドキュメンタリーを見てきたのですが、爽快な頭で
出直します、Maybeleo

Demionaka

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Let it be

Jyon_2
苦しみ悩んでいるときには
聖母マリアが現れて
賢い言葉をかけてくれる。
「Let it be・すべてなすがままに」

暗闇が僕をとおりかこむとき
マリアがぼくの前の前に立って
賢い言葉をかけてくれる。
「Let it be・すべてなすがままに」

すべてなすがままにまかせなさい
自然の流れに身をゆだねるのです。
マリアはいつもささやいてくれる。
「Let it be・すべてなすがままに」

****
春一番あとの夜の豪雨の日に、
ビートルズを聞いて寝た。
ビートルズには思い出のいっぱいがある。

高校時代にイギリスに留学していて、
そのころは、ビートルズ一色だった。

ジョンは40歳で他界してしまったけど、
その歌は永遠で不滅なんだと思っている。

あの衝撃写真は、ジョンが暗殺される4時間前のものだったらしい。(雑誌で知る)これも、想定内だったのだろうか。そう思うと、この絵をみると、切なくなる、切なさと狂気と愛の姿とジョンがヨーコに別れる最期の抱擁だったというだけに、それがまたとても切なくて悲しい。しかし、これは、フォトグラフに世界では間違いなく事件と写真とを結ぶ記録にもなっただろいう。そう落とすのは少し悲しいので、この写真はヨーコとジョンのただの写真なんだよと自分にいい書かせている。

あの写真をみてから写真をぱちぱちとるということから少しだけ離れている。被写体の向こうに入る勇気がなくなってしまったのだ。

それで、とりあえず、ビートルズを流して聞いている。

*プライマル・スクリーム
 1970年、ビートルズは休むことなく活動を続けていたが、ジョンはしだいに精神的不安感に悩ませるようになっていた。ミュージシャンの枠を越えた休みなき活動のストレスからきたのかもしれませんが、さらにジョン自身が心の奥底に秘めていた心の傷(トラウマ)が大きな役割りを果たしていた。そんな時、彼のもとに書評を依頼する手紙とともに一冊の本が届けられ。アメリカの心理学者アーサー・ヤノフが書いた「プライマル・スクリーム Primal Scream」という本で、「プライマル精神療法」というまったく新しい心理療法のことが書かれていとのこと。この精神療法は、精神的な苦痛のもとを探り出して明確化し、それを声に出して叫ぶことで解放し悩みを解消しようというもの。
 ジョンの場合、生まれてすぐに父親が行方不明になり、彼は母のもとから離されて、叔母のもとで育てられることになった。その後母と再会しますが、突然現れた父親はジョンの養育権を裁判で争った後、再び消息を絶ちます。そのうえ、やっと出会った母も彼が18歳の時に交通事故で死亡しています。彼の幼い心には、父と母を失った時の強烈な喪失感が刻み込まれており、それが彼を酒や暴力へと駆り立てていた。
 ジョンは、すぐにこの本が気に入り、ヨーコとともにヤノフ博士の治療を受けたことにより、彼は押しつぶされかけていた不安感から救われ、その開放感をバネにそれまでの重荷を歌にして発表。

愛の歌から、イマジン、ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)・・・時代を越えた反戦ソング、平和の歌となっているが、世界平和のための特殊なパフォーマンスがビートルズの宿命だったようにも思う。いっぱいいろいろな歌はあるのだけど変遷をみていくとそうでしょう。

 しかし1972年に入り、アメリカは北ベトナムへの爆撃をエスカレートさせベトナム戦争の泥沼化へ。反戦運動をしているジョン&ヨーコは、政府から格好の標的とされた。この軋轢に対して、彼らは真っ向から対決、裁判で対抗。彼らの住むニューヨークの市長は二人に協力的だったよう。

 彼らは、決して政府の圧力に屈せず、平和集会に出席するとともに、ライブ・アルバム「サム・タイム・イン・ニューヨーク・シティー」を発表。さらに当時世界的な盛り上がりをみせつつあった「ウーマン・リブ」の主張をこめた曲、「女は世界の奴隷か」を発表。
 ところが、皮肉なことに歌によってフェミニスト宣言をしたはずのジョンが、オノ・ヨーコに家を追い出されてしまう。

*失われた週末
 1973年10月から翌1974年の11月まで、二人は別居。「失われた週末」(割けに入り浸ったアル中)
 いちどは覚めてしまったものの、再びヨーコとの再会。
 おして、再び、2人は恋に落ちる。

*主夫、ジョン・レノン誕生
 ベトナム戦争が終結して、時代はやっと二人に微笑みかけようとしていた
 1975年10月9日ジョンの誕生日に、それまで何度か流産していたオノ・ヨーコがついに二人にとって初めての子、ショーン・タロウ・オノ・レノンを出産。
 ジョン・レノンは専業主夫としての生活を開始。
 その後、1976年から1980年にかけて、ジョンとヨーコは何度も日本を訪れている。

 息子が生まれて5年間の沈黙により、多くの人はもうジョン・レノンの存在を忘れかけていた。しかし、彼は息子ショーンの発した「お父さんはビートルズだったの?」というひと言で再び音楽活動を開始する。それは彼にとってデビュー以来初めて、生活のためでなく、契約のためでなく、素直に作りたいという気持ちから始められた音楽活動だった。

 ジョンは、自由の人になっていたのかもしれない。

<1980年12月8日>
 あの全裸の写真を撮り終えた4時間後だったいう。
 だからかは、わからない、わたしは、この写真をみると、とても胸がしめつけられてしまうのだ。アイムショット!彼は愛する家族と暮らすアパートの目の前で射殺されたとき、それを、そのまま受け入れて死んだのだろうか。こんな理不尽な死に方があるのだろうか。

 でも、それは、マリアに抱かれた心地好い眠りのような、あの1枚のショットにおさまってよいくらいの心境、いや、やはりジョンはわかっていたのかもしれない。その後、起こってしまうだろことについて。この写真は愛の表現だという人もいるが、妻ヨーコへのお別れの写真であり、僕は裸で生まれて裸で死んでいく、人間は本当は、みんな平等で、戦争なんかしてはいけない、愛に生きないといけない。僕は、すべての栄誉、鎧はいらないよ、そう宣言しているようだった。

 ジョンには人生でやり残したこともたくさんあるだろし、人から命を抹殺されるという悔しさだってあっただろいう。でも、それは、なるようになってしまったにすぎない。

 愛とは何なのか。私にはよくわかりません。ジョン・レノン死の直前、全裸でヨーコにしがみつく写真は、衝撃の1枚で、それは愛ではなく狂気もまじっていて、しかし、その後の出来事さえわかっていたのかという隠喩があったりもするかもしれません。天才女性写真家アニー・ビーヴォリッツの映画でも、またいろいろ思うことがあったのですが、これについては改めます。

 睡眠薬と痛み止めに抵抗するように、深夜にかちゃかちゃ打っている。これも、いいリハビリになるようです。頭は相変わらずハンマーでたたかれた感覚なのですが、それでも、こうやってとりあえずかちゃかちゃ打っている。

 いろいろ書きたいことをありますが、睡くなってきたので、そろそろ床に就きたいと思います。

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横山大観展

朝日新聞社主催
横山大観展
国立新美術館

衝撃的な作品は
「生々流転」=約40メートル
富士山は、やっぱり北斎でしょ?
これは、やっぱり、変わらなかった。

 「生々流転」とは、万物が移り変わって変化し続けることで、山奥の霧が葉の露となって流れ落ちて、でも、やがて渓流から大河となって、それは、最後は海に注ぎ込んで、竜になって天に昇るという「水の一生」が水墨画で描かれているもの。

朝日新聞がまたチケットばらまいているのかしらないけど、想像以上に混雑していて、会場がすごい熱気だった。軽い目眩がした。富士山あたりで、だからさ、みたいに突っ込みいれるとこだったが、この作品で一転。ああ、この展示にきてよかった!すごいや。自分の悩みがあまりにも滑稽でちっぽけだと思った。すべてのものは形をかえ、移り変わっていく。

冬がずっと続くと思うとうんざりする。
でも、冬は、ずっとは続かないんだよ。
悪いものも、よいものも、すべてが過ぎゆくもの。

全身から鳥肌がたっていく感じで、
確かに、さっきまで、ざわざわしていた会場だけど
絵の中に入っていくみたいな、そんな感じにさえなった。

横山大観=生々流転
もう1つ、四時山水もよかったけど、
色を使わず、墨のみで、これは、すごい。

また、見に行ってもいいかなと思う。
ただ、六本木ってのがミソだけどね@
ショップでこまごまといろいろと購入。
筆を仕入れるか悩んだが、ぐっと我慢。
いくら何でも、これは、逆立ちしすぎ@

没後50年 横山大観――新たなる伝説へ
2008年1月23日(水)~3月3日(月)

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Mt.Fuji

Mt.Fujiといえば、ほくさい、はくさいににてる?
いえいえ、北斎(葛飾 北齋)1760-1849でしょう。
前までは、赤富士『凱風快晴』がイメージにあった。

だが、横山大観をみたあと、あっちのほうが名画だと確信。
ただたんに、心境の変化だったにすぎなくて、
なにが、あっちだって、呑み込まれる富士山の絵だよ。

横山大観の富士は、たしかに、たしかにだけど、
彼は、富士山より、もっとすごいのを描いているからな。

Hok

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